現在他の国では常識で、近いうち日本でも起こるかもしれない未来を予測してみる
だそうだ。
2002年か2003年頃、サンフランシスコに住んでいて、長男がまだ2歳頃に日本に遊びに帰ってきたときにコンビニに成人雑誌が売っていることにとても違和感を覚えた。カリフォルニアではありえないことだったからだ。公共サービスの整備のされかたや、街の清潔さとかは東京の方が上だなあとは思ったのだけれど、そこだけとても後進国に思えたものだ。それから15年経って、ようやく成人誌を公共の眼に触れるところにおかないという点では先進国レベルに追いついたと言える。
今、アメリカや他の先進国では当たり前で、まだ日本では採用されていない事柄を列挙してみると、これから日本で起こることを予測できるかもしれない。10年〜15年経ってから、「ほら、僕の未来予測あたっていたでしょ」と言えるように、いくつか挙げてみよう。
満員電車がなくなる
満員電車、そもそも乗車率200%といった状況を許しているのがいけない。エレベーターと同じように100%以上になってしまったら、ブザー鳴る、発車しない、などすれば、皆んな別の解決方法を考えだすのでは…
— Junya Ishihara (@jishiha) 2019年1月17日
サンフランシスコの地下を走るBARTはめったには混まないのだけれど、2000年のおおみそか、新世紀を祝うための花火を観に行こうと市街に向かう列車に乗ろうといたときのこと。そこそこ混んではいるのだけど、東京の感覚ではまだまだいけるでしょ、という混雑具合において、列車に乗り込もうとしたところ、「もういっぱいだから乗らないで、次の電車を待ってね」というようなことをすでに乗っている乗客に言われた。なるほど、そういう感覚なのか、ととても新鮮だった。昨年、旅行した台北においても、すこし混んでいる地下鉄のホームに入ってきたら、入り口のところに並んでいた人たちは無理して乗ることはしなかった。おそらく、これが先進国の常識なんじゃないだろうか。赤の他人に触れる、なんてことは相当失礼なことであり、触れていなくても半径数十センチくらいのパーソナルスペース以内には入らないようにするのがマナーと考えられている。
そこそこ満員のエレベーターが来たら、人を押してまで入る人はいないだろう。そんな人は非常識だ。電車でも同じことになるのではないだろうか。
横断歩道で歩行者が立っていれば停車が徹底される
カリフォルニアで横断歩道に歩行者が横断待ちしていれば、常識的な運転者であれば必ず停車していた。日本でも教習車では、そうするように習うのだけれど、皆がやっているということで、卒業してしまえばほとんどの人がこのルールを守らない。カリフォルニアで徹底されていたのは、破ると厳罰が待っているからなのかは理由は良く知らないのだが、本当に良く停まってくれて感動したものだ。
自動運転になってそれが徹底されるのか、あるいはいたるところに監視カメラが置かれて、ルールを破ったときにすぐに摘発されるようになることによってかはわからないが、希望とともにそうなるのではないかな、と予想しておく。
緊急自動車が通行するときに、他の自動車は避けることが徹底される
横断歩道の問題と似ている。カリフォルニアでは、緊急車両のサイレンが聞こえたら、一般の乗用車は道の端にピタリと寄って停車するのが徹底されていた。またスクールバスが停車して、そのことを合図するライトが点滅しているときも同様だ。これは確か自動車免許の筆記試験の頻出問題だった。無視して、あるいは気づかず追い越そうものなら容赦なくスクールバスの運転者にナンバーをひかえられ、違反チケットを切られるという話だった。
緊急自動車の方は、もしその走行を邪魔しようものなら蹴散らすような勢いで、もの凄いスピードで走り去っていく。人命最優先という態度をこれでもかと見せつける。ひるがえって日本(東京)だと、サイレンが鳴っていても素知らぬ顔で走っている乗用車がたまにいて、緊急自動車もそういった車がいることを想定した遠慮がちなスピードで走っている。赤信号の交差点に進入するときには、「すみません、すみません」なんてスピーカーで断りながらノロノロと走っていく。自分が患者やその家族だったら、もっと急いで欲しいと思うものだ。
何を優先すべきかを考え、その優先事項を達成するためには、ほかのリスク(サイレンが鳴っていても停まらない自動車と衝突して事故してしまうかもしれないというリスク)は負うという考え方に少しずつ変わっていくのではないだろうか。
こうした日本以外の先進国では常識であることが、数年後は日本でも常識となっていくことは多い。現在、海外在住の人が予想する、近いうち日本でも起こるかもしれない未来をぜひ聞いてみたい。
2019/01/21 09:00:00